2017/05/06

確かなメディアサービスのために


  連休明けに、チョット辛い情報ですが、充実した活動と優れた実績を持つ、ある県の視聴覚ライブラリー連絡協議会が解散しました。
この県は、県視聴覚センターをはじめ県内の地域視聴覚ライブラリーは、自作視聴覚教材やICT化研究、確実な視聴覚メディアの利活用などにより、日本の視聴覚教育発展を支えてきたとも言えます。
しかし、ここで、注目したいのは、この県の場合、県視聴覚ライブラリー連絡協議会と言う連合体は解散しても、国レベルの団体つまり全視連には、県視聴覚センターはじめ、各地域視聴覚ライブラリー個々が「賛助会員」として参加する方向で進んでいる事です。
 “時代の流れ”と、言ってしまえばそれまでですが、近年、映画フィルムやDVD教材の“団体貸し出し“だけの地域視聴覚ライブラリーの存在意義が薄れ、16ミリフィルムを廃棄しての店仕舞い的状況が見え隠れしているように思うのです。
しかし、改めて考え直して見たいのです。
今日のメディア利用の状況を冷静に見ると、地域のメディア利用や学びを支えるためのサービス機能は不要になったわけではなく、むしろ形や方法を変えた新たなメディアニーズは増してきていると思うのです。
 視聴覚ライブラリーは、従来の“貸し出し業“に拘らず、常に時代の、あるいは地域のメディアニーズに対応できる体制を再検討すべきではないでしょうか。
 そのためには、同じ立場の地域視聴覚ライブラリー同志が、学びの機会を共有し、情報交換し、共助したり、事業連携し、同じ目的を持って進む仲間同士として、自地域のメディア利用を充実させるための協働体制が必要だと思うのです。
この県視聴覚ライブラリー連絡協議会は解散しましたが、それぞれの地域視聴覚ライブラリーが、全視連という協働団体に「賛助会員」として参加する事は、新たな形での協働体制を維持するための選択肢として歓迎すべきことだと思います。

2017/04/19

全視連推薦作品調査研究事業でーす!


 ”全視連推薦作品調査研究事業”・・・、昨年度「新教育映像教材調査研究事業」から事業名を変えました。
 チョット小難しい事業名とお思いでしょう?、以前一度か二度書いた記憶がありますが、且つては国の補助事業であったのを、変わって自主事業として始めたものなのです。
 国が教育映像の利用普及を進めるために各視聴覚ライブラリーの映像教材購入費用の一部を補助する事業で、当時はかなり多くの視聴覚センター・ライブラリーが映像教材がこの補助事業によって購入されていた記録が残っています。
 しかし、以来十数年以上経過し、購入予算の乏しい視聴覚ライブラリーや生涯学習施設等は、映像教材そのものの時代変化もありますが、購入する機会を大幅に減らしているようです。
 そこで、賛助会員である映像製作会社等の協力を得て、映像教材の購入を、全視連の“調査研究事業”として、アンケート調査により利用者の情報を製作者に提供することを条件に、調査研究対象価格(購入価格)で頒布する立ち上げた事業が、この全視連推薦作品調査研究事業なのです。
(詳しくは 
http://www.zenshi.jp/report.html#a1 をご覧ください。)

つまり、全視連を通じて、一般利用者の考えを製作者に届け、良質な映像教材の製作の参考にして頂く代わりに、調査研究対象価格で提供するという形を取り入れたわけです。
 しかし、この事業を開始してかなり経過し、当初に比べて、事業の趣旨やねらいが理解されなくなると共に、製作される社会教育教材は減少し、視聴覚センター・ライブラリーの教材購入費も減り、調査研究参加ライブラリーや生涯学習施設等も少なくなり、昨年は遂にゼロになってしまいました。
 よく「全視連加盟のメリットは?」と聞かれる事がありますが、情報共有から研修会の参加や共同開催、講師派遣、さらに、このような教材提供の背景にも加盟のメリットがある事に気づいて頂き、今年は応募者ゼロだけはならないよう願っています。

2017/03/21

語らないメッセージは伝わらない

 過日、“求められる情報リテラシー”と言うテーマで書き終わり、やれやれと思っていたが、ふと“待てよ!”と、改めて記事一覧を見直してみたら、今から4年前に、同じようなテーマで、しかも同じような内容で書いてあるので、”こりゃ拙い!”削除しました。
 しかし、過去に拘らず将来を考えるひとつのメッセージとして、以前のブログを振り返って再考するのもいいかなと、見直していたら、こんな記事が見つかりました。

*

ある研究大会の主催者挨拶で「メディアは学習の道具である」と、声高に語られているのを聞きました。
 かなり前から言われ続けているフツーの考え方です。
 なのに、さもさもメディア利用の今日的な考え方として語られていましたし、参加者の中には、「それって前も聞いたよね・・・」と囁き合う姿も見られましたが沈黙を守っていました。
 時代が変わり、環境が変わり、技術が進歩し、人が変わっている現代、めぐりめぐって表現やスタンスが変わり、新しい考え方となって発信されることが多々あります。

 N島みゆきではありませんが“回る回るよ時代はまわる・・”めぐりめぐって今似たような問題状況に当面し迷っている人々は、言われ続けてきているはずの理論も新しい考え方として写るのでしょうか。
 時代を駆け抜けた人々は”過去の話さ”と多くを語ろうとしません。

 しかし、創造や発見は経験や理論の累積や吟味を通して創り出されていくものではないでしょうか、そうだとするならば過去の経験や理論を、思い出話としてではなく、現在をしっかりと認識し理解した上で今日に語り継ぐべき責務があると思うのです。

 そのメッセージのバトンを受け、今の教育状況やメディア環境に合せて翻訳する知恵が、時代に即した新たな理論や実践を創造するエネルギーになると思います。
 語らないメッセージは伝わらない。*年前のメッセージでした。

2017/02/28

老アマチュア映画作家の記録

 先週の土曜日、友人の写真同好会が開かれ、世話役H氏から、“どうしても見たいのですが”と話のあった、C市のアマチュア映画クラブ会長のS氏を招いて、話を聞きながら、S氏の制作した映画「翔天の詩」(8ミリ映画をDVD化した作品)を拝見した。
 
 S氏は今年87歳、元気に過ごされていますが、アマチュア映画クラブの仲間が次々と退会され、遂に昨年クラブを解散することになってしまいました。
 
 8ミリ映画全盛時代に、多くの作品を制作され、今回拝見した作品も、H国際アマチュア映像祭入賞作品でした。
 
 作品は、かつてC市にあった航空基地から、特攻隊員として出撃し亡くなったU少尉とS氏の出会いをドキュメンタリー映画に仕上げたものでした。
 
 素晴らしい作品でした。
 ぼそぼそと話される”特攻隊員U少尉との出会い”、そして”攻機に乗り込み艦船に突っ込み亡くなったU隊員の心”、さらに”U少尉のお母さんの事”を、自分のナレーションで語る作品でした。
 
 よく、戦争を語り継ぐと言って、軍隊の事や戦争中の暮らしの事、空襲の事などを話しているのを見かけますが、実際に戦争体験をしていない方々の当時の資料を使った話よりも、老アマチュア映画作家S氏の実体験談や、自作されたドキュメンタリー映画は身に迫るものがありました。
 
 
 よく、アーカイブ化云々と言われますが、地元の方々それもごく一部の方々しか知らない実際に経験された方の映像作品こそ、しっかりと受け継いでいかなくてはならないのではないでしょうか、視聴覚センター・ライブラリーの存在価値は、こういう所にあると思うのです。

2017/02/05

映像メディアを使う

 1か月ご無沙汰してしまい、申し訳ありません。
 今年も、宜しくお願い致します。
 ところで、最近は、ICTの普及定着により、映像利用の方法も多様化して来ているのはご存知の通りです。
 映像(動画)利用者ひとりひとりが、スマホやタブレットを使って動画サイトからダウンロードしたり、さらにはテレビなども映像(動画)を録画して利用するなど、かつての集団利用から、個人が選んで日常的に利用するスタイルに変わってきていますね。
 むろん、それをどうこう云々言う気はありませんが、いかなる映像や動画もひとりひとりが学ぶためあるいは知るために利用されるのが当然ですからー。

 先頃、某小学校の研究会でこんな話し合いが行われているのを拝聴しました。
 ある学年で、野生動物の記録映像を使って、自然界を例に、命の尊さを考える素晴らしい授業が行われていました。
 映像教材のよさを巧みに生かした学習指導は賞賛されるべきでしょう。
 しかし、話し合いの後半では、映像は目に訴える効果はあるが、アニメなどのフィクションでは逆に何を言わせようとしているのか考えてしまうこともある。故に教材をどう扱うかが大切である。という意見が出ていました。
 まったく、その通りだとは思います。
 しかし、その先生の真意が私には掴めなかったのだと思いますが、大切なことは、アニメだから云々ではなく、しっかりとした目的も持って主体的に映像(動画)を選び、読み取り、問題解決に役立てようとする姿勢や能力を育てる事が大切で、そのための映像(動画)ならば、フィクションであろうがノンフィクションであろうと、ひとりひとりが自ら求める情報あるいは資料として歓迎すべきことではないでしょうか。

2016/12/08

古い映像が物語るもの

 今年も残り少なくなりましたね。
 前回のブログは、極めて初歩的なミスの連続で、再三修正を繰り返す極めて単純なミスをしてしまったのです。
 未定稿メモをそのままコピペしてしまったのが要因です。

 使い慣れないタブレットを使って書いたのが間違いでしたー。えっ?お前の技術が未熟だからですって?そうですその通りです。ゴメンナサイ!

 さて、本論です。昨日の新聞に、ある町の小学校5校が1校に統合され、4校は廃校になると書かれていました。
 従って、統合した学校から遠距離の子は、バス通学になるのだそうです。
 且て、2,800名近く居た児童の数が、今は600名程度まで減少してしまった事が要因のようです。

 私事で恐縮ですが、昔、勤務した学校も早く廃校になり、今は太陽光発電のパネルが昔の校地一体を覆っており、用事で通るたび寂しく見つめています。
 当時、やる気満々の視聴覚主任として、8ミリ映画教材を作ったり、ビデオ教材を作って同僚の先生方に授業の中で使って頂いた事を想い出します。
 その頃の8ミリフィルムやビデオテープは廃校後どうしたのかわかりません。

 7月の欄でも書きましたが、移り変わる時代の中、当時は只のゴミ的存在でしかなかったフィルムやテープでも、今では、昔を物語る証拠として極めて重要な宝的役割を果たすものだと思うのです。
 雑誌「視聴覚教育」に、川崎市市民ミュージアムの濱崎氏も書いておられますが、例えば、昔の土地の様子や、地域の年中行事、自分達が子供の頃の姿が写っている当時の学校生活の様子など言葉や文字だけでは語る事のできない自分達の地域の歴史をリアルに学習する資料として利用できるのではないでしょうか。
 今、廃校跡地の太陽光発電のパネルの前を通るたび、一所懸命撮ったフィルムやビデオテープの映像を思い出します。

 みなさん!どうぞよいお年お迎えください。

2016/11/28

現実を考える

 総合全国大会も無事終了しました。
 生涯学習関係の集まりも大勢の方々に参加頂き、共に報告頂いた方々、適切な指導助言を頂いた先生方に深く感謝しています。
 優れた事例報告は、参加された視聴覚センター・ライブラリー関係方々にとっても、有意義な内容であり参考になったかと思っております。

 後日、大会の詳細報告については、時報やWEBサイト等でお知らせする予定になっています。
振り返って、ここ何年かの全国大会紀要を眺めてみますと、似たようなテーマや切り口からの主題で話し合いが行われきているような気がしてならないのです。

 むろん、今日的な教育メディアに関する取り組みとしてICTと融合したメディア利用と言う視点や方向性はこれからの視聴覚センター・ライブラリーのあり方を考えるにあたり不可欠な課題であり大いに役立つと確信していますが・・・。

 さて、大会話から、厳しい現実的な話題に変わりますが、各地域視聴覚ライブラリーの現状をデータなどから見ますと、理論と現実とにややギャップがあるような気がしない訳でもありません。

 例えば、多くの小規模地域視聴覚ライブラリーが当面している、映像メディアの整備減や予算減、そして供給減と言う問題をどう考え解決したらよいのでしょうか。

 あまりに現実的な切実な暗い問題ですが、避けては通れない問題だと思うのです。
 どこかで、みんなで知恵を出し合い、この現実的問題解決にいいヒントを見つけ出す機会も必要ではないかと思うのです。

 いや、思うだけなく何らかの形で具体化する必要もあるのではないでしょうか。
 上記のような状況の中で、ひとつまたひとつと小規模地域視聴覚ライブラリーが消滅していっている現実的な問題について、どこかで解決策や方法について話し合う機会を持つことによって、それぞれの小規模地域視聴覚ライブラリーの活路を見出すのに役立てればいいなと思うのですがー。